2014年11月26日

美術手帖「ボーイズラブ特集」

美術手帖といえば、現代アート情報を網羅している分厚い月刊誌ですが、その12月号の巻頭特集が、なんと「ボーイズラブ」だっつうことでさっそく買ってきた(笑)
というか近所の本屋さんにも遠くの蔦谷書店にもなかったのでamazonで注文しましたよたらーっ(汗)


美術手帖 2014年 12月号

「”関係性”の表現をほどく」と題しての150ページ弱の特集。この雑誌の約半分くらいの量です。
表紙は中村明日美子さん、同じイラストの折り込みポスター付、さらに中村明日美子さん描き下ろし16P漫画が入っています。
特集冒頭にいきなりヨネダコウさんの刺青イラストが飛び込んできて思わず「おおお」と見惚れてしまいました。
冒頭イラストはヨネダコウさん、宝井理人さん、えすとえむさん、岡田屋鉄蔵さん、トウテムポールさん、雲田はるこさん、腰乃さん。ずらり、人気作家による描き下ろしです。

イラスト描き下ろしも豪華ですが、なんといっても目玉は作家さんたち10人のインタビューでした。
雲田はるこさん、ヨネダコウさん、よしながふみさん、中村明日美子さん、こだか和麻さん、宝井理人さん、鳥人ヒロミさん、トウテムポールさん、はらださん、田亀源五郎さん(!)、の10人。いやあ、濃いですね。岡田屋鉄蔵さんも入れてほしかったな。
インタビューはもちろん、それぞれの作家さんが抱くBL観が中心ですが、やはり美術手帖らしく制作過程も多く語られてました。雲田はるこさんの独特のネームノートとか宝井さんの制作現場とか(液晶タブレットがでかい!さすがプロ〜)珍しいので、創作する人間にはとても興味深い。でも逆に言うと創作することに興味のない人にはこのあたりの話はちょっと退屈だったかも?私はこの10人インタビューが一番面白かったです。やっぱりけっこう冷静に分析する人が多いんだな、という印象でした。プロデュース力というか、やっぱり商業誌で成功するのにはそういう力が必要なんじゃないかな、と。

あとはBLの歴史や座談会、評論など。このあたりはあまり目新しいものはなかったように思いましたが、ひとつだけ、各所で出てきたのが「BL」と名前がつくようになってからのbefor、after。
BL以前、つまり24年組あたりが同性愛を少女漫画で取り上げ、「june」や「アラン」(・・・知ってますかね・・・あったんですよそういう雑誌が)全盛のころ。耽美や少年愛と呼ばれていたころ。そのころの作品群はとにかく美しく、はかなく、悲しく、悲恋で禁断の愛というのが大前提だった。
それが90年代、「BL」となってからは明るくハッピーエンド、男同士でいちゃついていいじゃあないの(笑)というあっけらかんとした作品に変わっていった。というのが多くの方の論調でした。
深く考えたことなかったけど、そういわれればそういう気が(笑)
june世代からはそれなりに反発があったらしいけれど、私自身は何にもなかったから今まで気が付きませんでしたねえ(^^;)
でもそういうキャパを広げてきたからこそ、今こうやって美術手帖が特集するほどのジャンルに成長したんでしょうね。まさかこんな日がくるとは。

ところで、入門者向けおすすめBL20冊が紹介されていましたが、この中の5冊しか読んでなかった(笑)
ていうか、中村明日美子さんも雲田はるこさんも一冊も読んでないや(爆)
駄目ですね。人気作家さん読んでないんですよあせあせ(飛び散る汗)BLを語れないあせあせ(飛び散る汗)
鳥人ヒロミさんを今度読んでみたいな。

上記作家さんのファン、創作に興味がある方、BLのなんたるかを掘り下げて考えるのが好きな方、などにはうれしい企画だったと思います。他、後半はもちろんアート情報がぎっしりです。

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2014年07月28日

「男だけの育児」ジェシ・グリーン


男だけの育児

>>ゲイである著者、ジェシが出会ったアンディはゲイだが赤ちゃん持ちだった・・・!男二人の育児がはじまる・・・。

と、いう内容なのだ、一言でいうと。
ジェシが出会った時すでにアンディは男の子を養子にもらって育てており、そうと知りながら恋に落ちてしまったジェシは当然育児に巻き込まれ、それまで考えたことも無かった「親になるための思いがけない旅」(この本の原題)をすることになる。
しかし、どこぞの映画のようにどたばたコメディ調ではなくて、親になるということについて、とりわけゲイであり親であるということについて、あるいはそれらを取り巻く社会環境について、自分自身や周囲を注意深く観察しながら考察し論じている本である。面白おかしく育児失敗談なんかを期待して読まないように(笑)
もちろん右往左往する様子も書かれてるし感動するところもあるしセクシーな記述もあるのだが、あくまで客観的に書いてあるので山あり谷あり小説のような面白さは無い。
ついでに、翻訳だからなのか、この人の文章が元々そうなのか、回りくどい比喩表現が多くて非常に読みにくい。何がいいたいのかストレートにわかりづらい。ジェシもアンディもユダヤ人であってユダヤの文化を背景に持っているのも分かりづらい原因の一つかもしれない。文章になれない最初のうちは読むのに苦労した。

読んでみると子どもを前にした悩みや大変さというのは、ゲイカップルだろうが異性カップルだろうがあんまり変わらないように思えた。
しかし異性カップルだと、何となく子どもを産んで、それで周囲からも「親」と認められて、自分が親であることを疑いもせずに育児をしていく人も多い。
その点、彼らは徹底的に考えるのだ。(著者の性格もあるかもしれないが。なんか理屈っぽそうな人だ笑)
まず養子をもらうかどうか、そこから問題なのだ。自分は何者で、どう生きるのか、過去と向き合い未来を考え覚悟を決めて親となる。ジェシはジェシで、自分の立場は何だろうか、アンディはダディだが子どもは自分のことをなんと呼ぶだろうか、と思い悩む。
90年代の話で、まだ同性婚も認められず、親たちの動揺も大きい。ゲイの人たちでさえ子どもを持ったゲイに反感を抱いているような記述さえ見られる。深く考えなければやっていけないのだ。
第1章では出会いからなんとかジェシが子どもから「ジェシ」と呼んでもらうまで。第2章はアンディの生い立ち。第3章はジェシの生い立ち。第4章は二人目の養子をもらうまで。
読み進めるうちに著者の文体にも慣れておのおのの輪郭もはっきりし、意外に楽しい読後感が残った。


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2013年08月28日

「ゲイの誕生」匠雅音


ゲイの誕生: 同性愛者が歩んだ歴史

怪しげな本かと思ったら(笑)社会的、歴史的な認識のもとに、以前から存在する男色と現在のゲイの違いを論じてあり、現在の日本社会への警鐘も含む論説には目を開かれる思いだった。何となく漠然と感じていたものを言葉にしてもらった感じ。

筆者の結論はほとんど第1〜2章ですでに出てしまって、あとは項目ごとに論証を重ねていくので興味のない項目は眠くなってしまう(笑)
まず、筆者は以前からある男色、同性愛行為を「ホモ」あるいは「ホモ行為」と呼んで現在のゲイと区別をしている。これにはたとえば、日本での衆道や陰間、武士や僧侶の小姓や稚児、あるいはギリシャの少年愛など、古くからある同性愛をさしている。この、以前からある同性愛の特徴を筆者は、成人男性と未成年男性(元服以降から二十歳ぐらいまで)との間の精神的なつながりを含んだ濃密な関係であり、それは年齢差を前提とした対等ではない関係だったと論じている。簡単に言うと(BL的にいうと)、年上が必ず攻めで年下が必ず受けで、それが逆転することはなかった。オヤジ受けとか年下攻めとかは絶対にありえない、あってはいけない世界だったようです、あらあら。
これはなんでかというと、現在のように工業や科学が発達する以前の社会は年功序列制で、文化にしても技術にしても、数々のノウハウというのは年長者から年少者へと受け継がれるのが当然で、そしてそれは身体的に覚えこませる的なものだった。しかも男性中心の社会だったから、その中で男同士濃密なつながりは社会の特にこそなれ、損になることはない。ましてや戦闘が頻繁だった社会では、主のために命を投げ出す覚悟なんて愛がなければできませんわね。象徴的なのは、ある民族で行われる成人男性が少年に精液を注入する通過儀礼の例で、大人から少年へとパワーを注ぎ込むことによって少年を立派な大人へと成長させる儀式だと考えれば、年齢秩序を重んじる社会で男色が当然とされていたことも納得がいく。織田信長と犬千代の例を何度も例として出してあるが、信長がみんなの前で犬千代(前田利家)と衆道関係だったと披露するとみんなが羨ましがったというのも理解できる。
つまりこの関係は、権力が上位の者(成人男性)から下位の者への一方通行の関係だったというのだ(強姦とかいう意味じゃないですよ、流れがってことで)。だから年下攻めのようにその流れが逆流することは許されない。性的関係も強力な年齢秩序に支配されていたわけだ。成人男性が絶対的な優位であった社会では性愛も成人男性中心で、成人男性が劣位者を選び、挿入する。その劣位者とは、若年男性であり、女性であったわけで、筆者が言うには社会的に劣位者である限りどちらを相手にするかは大きな違いはなかった。だから先の信長と犬千代の例でも、彼らは若い時は挿入される側でも、大人になれば今度は挿入する側に転換する。そして普通に女性とも関係を持ち所帯を持ち子供も作る。そこに何の齟齬もない。

「女性との愛やセックスが賛美されたのではない。成人男性が能動的に行う愛やセックスそのものが賛美されていた。これが長い間の成人男性が営む愛と性の真実だった。」

ところが、産業革命や市民革命以降、徐々に社会は年齢秩序が崩壊していった。
高齢者の知恵や優位性といったものが無効になり、若者は学校で知恵を継承され、女性も徐々に地位を獲得していく。現在となっては若い発想のほうが社会を推進していく力があるくらいだ。自由と平等をうたう近代社会の中で性的な開放もたかまっていく。女性も自由になるが男性の性志向も開放され、ここに「ゲイ」が誕生する。
現代のゲイの特徴を筆者は、年齢、地位、教育程度の似通った男性同士のつながり、と定義する。そこに社会的な上下関係はなく、横並びの思想を基本としている。つまり筆者は、ゲイは既存の年齢秩序を無視し破壊する存在だ、と。ゲイが破壊してるわけじゃなくって、年齢秩序の崩壊を象徴する存在、なのかな。
そこで、近代化が進んだとはいえ、まだまだ上下関係が強かった過度期にはゲイへの弾圧が厳しかったのだ。さらに工業社会が奨励した核家族化も弾圧を推進する。日本では容認もされない代わりに厳しい弾圧もなかったが、欧米ではゲイだというだけで死刑になった。理由は宗教の戒律に反するとか自然の摂理に反するとか精神疾患だとかいろいろ言うけれども、筆者によればその背景にはこうした年齢秩序、既存社会への反逆罪というものがあったのだ。

しかし工業化社会がさらに情報化社会へと進むと、年齢秩序は崩壊し横並びの社会となる。女性も社会進出し親の決めた結婚なんてしなくなった。ゲイが社会に認知され始めた。同時に上下関係を基盤とした「ホモ行為」は逆にバッシングの対象となる。
現代のゲイと以前からある同性愛行為は別物である、というのが筆者の主張である。

さて、ここまで来て最終章で筆者は今後のゲイ、あるいは社会のありかたを問うている。
日本ではいまだ年齢秩序が価値観としてはびこり、社会の中心にいるのは老人たち(と、筆者が書いているのだ(笑))である。だから近年になってゲイのカムアウトが容易になった欧米諸国に比べ日本はカムアウトが難しいのだ、と。
そしてこれは、女性の地位向上、経済的自立が遅れていることと密接に連動している。年功序列とともに性別役割分業の価値観も一体になってはびこり、職場は女性に完全に解放されてはいない。これは日本に住む女性であれば多少の差はあれ肌身で感じていることだろう。この本によれば女性国会議員の数は世界186か国中、121位なんだそうである。
このあたり、耳が痛い話である。筆者は専業主婦を批判している。
「専業主婦の存在はホモの受け役である若年男性と同じである。(中略)専業主婦は男性から挿入され、種族保存のために子供を産まされる存在のままである。」
わざと挑発的な部分を抜き出したので不快を抱かれる方も多いかもしれないが、筆者が批判しているのは専業主婦を推奨し男性優位社会を維持しようとする日本社会の制度、あるいは風潮であって、専業主婦個人を批判しているわけではない。こういう年功序列と性別役割分担を重要視する社会では、当然婚姻制度も自由度が低い。家父長制を根底に置いた男と女の核家族を理想としている。
ここに日本社会の閉塞感があり、先進国との差がある。自由と平等の度合いの高い社会はゲイのみならず、ストレートの男女にとっても生きやすい社会なのだ、というのが筆者の主張である。

何も考えず仕事をやめて結婚し夫の姓を名乗り、長く専業主婦をした挙句扶養の範囲でパートの仕事に出る日本推奨型の自分(笑)にとっては、最後は耳の痛い話ではあった。別に私個人を批判されているわけではないんだけども。
しかし、どうしてゲイとかBLとか大好きなんだろうなあ、という問いに示唆を与えてくれた。最後はちょっと理想化しすぎかなあという感は多少あったけれど。


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posted by inoha at 19:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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